どんど焼き(節分)

わが地元木更津市馬来田周辺ではどんど焼きは2月3日に行われています。昔の馬来田村の地域では8箇所で行なわれているそうです。孫の台八幡神社でも例年のとおり行なわれました。
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そもそも「どんど焼き」とは小正月(こしょうがつ=1月15日)の行事で、正月の松飾り・注連縄(しめなわ)・書き初めなどを家々から持ち寄り、一箇所に積み上げて燃やすという、日本全国に伝わるお正月の火祭り行事です。神事から始まったのではありましょうが、現在では宗教的意味あいは少なくなっています。
一般的には、田んぼや空き地に、長い竹(おんべ)や木、藁(わら)、茅(かや)、杉の葉などで作ったやぐらや小屋(どんどや)を組み、正月飾り、書き初めで飾り付けをしたのちそれを燃やし、残り火で、柳の木や細い竹にさした団子、あるいは餅を焼いて食べるという内容で1月15日前後に各地で行われます。
我が地元では1月15日ではなく、節分の日つまり2月3日に節分祭を兼ねて実施しています。
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地元の青年会(孫心会)、婦人会、役員の皆さんが中心となってこの行事が行なわれています。
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トン汁・おでん・焼き鳥・お餅・甘酒などが振舞われます。
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地元区長の開会の挨拶
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昨年山車の倉庫が移築された為、神社前の広場が広くなりました。そこで餅つきも行なわれました。
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どんど焼きの語源
「どんど焼き」の語源については、火が燃えるのを「尊(とうと)や尊(とうと)」と囃(はや)し立てたことから、その囃し言葉が訛(なま)ったのだとか、どんどん燃える様子からそれらの名称がついたのだとかいわれています。
「どんど焼き」の別称として「左義長(さぎちょう)」という呼び名がありますが、これがどんど焼きの起源とも関わっているといわれています。左義長(三毬杖)は、正月十五日、平安時代の宮中で、清涼殿の東庭で青竹を束ねて立て毬杖(ぎっちょう)三本を結び、その上に扇子や短冊などを添え、陰陽師(おんみょうじ)が謡いはやしながらこれを焼いたという行事です。そが民間に伝わりどんど焼きとなったといわれています。しかしこれ以外の説もあります。
でも地元では節分と併せて実施しているのですが、地元の人たちが協力し合って行なうこの行事は素晴らしいですね。
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火は穢れを浄め、新しい命を生み出します。竹の爆ぜる音は災いを退け、高く 上る煙に乗って正月の神様が帰ります。どんど焼きは、祓い清めという役割と、正月に 浮かれた人々を現実世界に戻す、二つの役割を担った行事とおもわれます。
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この火にあたると若返るとか、焼いた団子を食べると病気をしない・虫歯にならないとかいわれています。
また、燃やした書初(かきぞめ)の紙が高く舞い上がると習字が上手になり勉強もできるようになるなどともいわれています。
昨年は東日本大地震・夏から秋にかけての異常気象による大雨などの自然災害、さらに今冬は裏日本を中心に例年に無い大雪そして被害。今年は好い年になって欲しいと願うばかりです。

どんど焼き(節分)」への1件のフィードバック

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    古い記事にコメントさせていただくことをお許しください。
    私はブルーベリーノムサンのお向いにある馬来田の太陽の渡邊と言います。
    実は施設ブログの記事を書くためどんど焼きの由来を調べようと、
    yahoo!で「どんど焼き 節分」と検索した所、
    こちらのブログ記事が検索結果トップに表示されました。
    まさか馬来田地区の方の記事が表示されるとは思ってもいなかったので、驚きました。
    これも何かのご縁かな?と思い、コメントさせて頂きました。
    大変差し出がましいお願いなのですが、
    施設ブログにこちらのブログ記事のリンクを貼らせていただいてもよろしいでしょうか?
    あわせてブルーベリーノムサンのホームページとして
    こちらのブログを紹介させていただきたいのですが、
    いかがでしょうか?
    お返事いただければ幸いです。
    今後ともよろしくお願い致します。

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