ボイスカウト千葉1団は団行事として1月29日(日)千葉市内大宮団キャンプ場においてビーバースカウトからローバースカウト、指導者・保護者約100人が集まり、新年もちつき大会が開催されました。

スタッフは午前9時に集合し、餅つき準備、お雑煮(VS)、お汁粉、ホイル焼きハンバーグ(BS)、きな粉・大根・あんこ(CS),焼き芋(BVS)それぞれ準備が始まりました。




お餅つき担当のT田ベンチャー副長・N団委員他

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10時半寒波の着ている厳寒の中、全員制服を着て身を身を正し朝礼を行ないます。
まずは全員集合。ベンチャー隊(高校生)主体に式が進行されます。

国旗儀礼。

連盟歌斉唱。

団委員長新年の挨拶。

見事隼章を取得した、Fさんに認定証・記章を授与します。よく頑張りました。

式終了後集合写真。寒いから早く撮って!!

開会式終了後冷え切った体を温めるため各隊で作った料理のコーナーを回って食べたいものをもらいます。


焼き芋はダッジオーブンで。美味しく出来ました。


大人も楽しんでいます。


ベンチャー隊は家型テントを張りました。

食後幼稚園生から高校生まで組を作り、初詣・地図ハイクです。計画担当のベンチャースカウトにより事前打ち合わせです。

組み分けです。

ボーイ隊のスカウトが与えられたコースを地図を見ながら、組の仲間を集め安全を考えながらハイクをします。片道1.5kmくらい有りました。各組それぞれ別の神社に向かいました。

チョット遠かったけれど間違えずに目的地に到着。五社神社です。


お参りの仕方を高校生スカウトが教え皆でお参りをしました。

そして課題の紙飛行機を作りました。

飛ばしたが思うように飛びませんでした。

ということで寒い中でしたが、平成24年の初行事を皆で楽しく過ごしました。
青少年育成活動
初詣 in 浅草 2012
ボーイスカウト千葉1団ベンチャー隊恒例になっている毎年新年の初詣、今年は1月9日(月)東京浅草の浅草寺・浅草神社に行きました。参加者は指導者5人、スカウトRS3人、VS6人計14人でした。
過去2011年横浜皇太神宮、2010年 鎌倉八幡宮、2009年葛飾柴又帝釈天、2008年 上野寛永寺、2007年 浅草、2006年 千葉神社と続いています。

天気にも恵まれ千葉駅に8時集合電車で浅草橋まで行きそこから徒歩で雷門まで3グループに分かれて歩きました。
全員揃ったところで集合写真、担当スカウトより本日の行程を説明。

総武線乗車。社内で自分達で作成した浅草の歴史を事前に再度目を通します。

浅草橋に到着後諸注意、そして次の集合地点は雷門前に40分後。

雷門に向け出発。

雷門に時間通り到着。ここで寒いですが全員制服になって開会式。身も心も新たにしてこれより参詣です。

雷門前にて開会式

集合写真

開会式終了後、仲見世を通って浅草寺正面に集合。


筆者は昨年3月11日午後2時46分に友人の歯科医院いくのに時間調整のため丁度この位置で地震にあった事を思い出しました。

この後ろの五重の塔の先端部がガシャンガシャンとかなり揺れて、みな参拝者が地面に座り込んでいました。
筆者もこの日は千葉に帰れず帰宅難民となりました。しか東向島の歯科医の友人宅まで歩き無事泊めて頂き助かりました。

浅草寺お参り。

そしてまた集合写真

おみくじを全員引きました。
14人中大吉3、吉、小吉など10人、凶1人でした。

今回参加できなかった3人の大学受験生の合格祈願のお守りを買いました。是非ご利益がある事を願っています。


次に隣にある浅草神社をお参りをしました。その前に再度身を正して制服に。

そしてまた参詣

特に仲の好いO君に絵馬を書いてきたT君。

浅草三社祭りはこの神社のお神輿である事を今回始めて知りました。大きなお神輿です。

そして6区のほうに移動し、楽しみな昼食の「もんじゃ・お好み焼き屋」さんに向かいます。


目的地のもんじゃ焼き・お好み焼き店「OCOMO」に到着。

国際通りに面したこのお店「OCOMO]は以前友人と来たお店で、中はとっても浅草とは思えないモダンな店内、そしてランチコースと飲みものをつけて何と1700円以内でした。(2人で1組で もんじゃ・お好み焼き・サラダ・焼きそば・デザート付き)中々好いお店でした。

参加者全員大喜びで満腹になりました。予定では1時間でおえるつもりでしたが2時間掛かりました。
指導者も十分堪能しました。

昼食後は各グループごとの行動となり、4時に現地解散となりました。今は良い年になりますように!!
スカウト(高校生以上)のクリスマス会兼忘年会
12月23日(金)天皇陛下の誕生日に、筆者が隊長をしているボーイスカウト千葉1団ベンチャー隊の毎年恒例行事になっている大掃除・クリスマス会・忘年会を行ないました。この日は丁度学校も終業式を終え、ホットした中での会でした。指導者達は年末の多忙の中で行事でしたが、日頃集会の場としている我が事務所の大掃除をしてその後にクリスマス・忘年会をしました。風邪で休んだスカウト・大学受験以外のスカウト・指導者は全員揃い今年の年末の最後の行事として楽しいひと時を過ごしました。
掃除を終えて、買出しをして準備が終わりいよいよ開宴です。

記念撮影

このケーキもスカウトが朝から準備して手作りです。美味そうでしょ?

年長者のこのスカウトが一人でお母さん(副長)のお手伝いをして作りました。感謝!!

本日参加の女子スカウトで記念撮影です。先輩に感謝。

そして男子スカウトとS副長。

それではここで一部開会式(スカウトらしく)

団委員長も駆けつけてくれました。

一言激励のご挨拶を頂きました。

この日はおめでたい話が二つ。一つは指導者の一人が正社員として新しく決まりました。そしてもう一人は高校3年生のスカウトが大学合格しました。おめでとう!!前途ある未来に向けてこれからも頑張ってね。

今日のメニューはソーセージ・ハムのつまみと大好きなキムチ鍋・寄せ鍋です

遅まきながら兄弟団の15団のK隊長も駆けつけてくれました。この隊長も、彼が高校生のときに筆者が隊長をしていました。人の縁だと思います。いまだに忙しい中顔を出してくれました。

楽しいひと時はあっという間に(3時間)過ぎ、無事2011年の行事は終わりました。
来年も有意義な活動をしましょう。筆者も若い人たちのエネルギーをもらい若さを保ち元気に活動したいと思います。皆さんに感謝!!そして来年も良い年になりますように。
読者の皆さんも好い新年をお迎えください。
千葉市少年三団体大会 今年も開催。
11月3日千葉市少年三団体(ボーイスカウト・ガールスカウト・海洋少年団)大会が千葉市青葉の森公園にて開催されました。この三団体大会大会は筆者が高校時代から続いており、50年近くも続いている行事です、
市内で活動する少年団体三団体が昔は千葉市社会教育課の支援を受け、年に一回11月3日に交流を兼ねて実施されてきました。その際千葉市から活動5年・10年の少年達に年功章が授与されます。
式典の後は、三団体のスタッフが協力して、交流プログラムを企画運営して秋の一日を自然の中で楽しみます。
式典前に整列する少年達

開会式

千葉市子ども未来局課長よりご挨拶

三団体代表ボーイスカウト地区会長の挨拶


10年章は人数が少ないため、全員前にでて直接千葉市の課長さんからメダルをかけてもらいます。10年章と成ると
さすがに人数も減ってきます。長い間ご苦労様!これからも活動を続け、この経験を後輩達に伝えて欲しいと思います。

おめでとう!!

誇らしげなスカウト達

今回参加したわが千葉第1団全員で杵撮影

筆者が隊長をする千葉1団ベンチャー隊の面々。受章者を囲んで記念撮影。

式典終了後、青葉の森の自然の中、各団体が準備したゲームコーナーを回るポイントラリーで楽しく交流しながら一日を過ごしました。このときがBS・GS・海洋の子ども達が混成班を作って回ります。

千葉15団のコーナー。

牛乳パックを積み上げるコーナー

それそろ園内も紅葉が綺麗になってきました。

ロープワークコーナー。

ロープワークをおしえるコーナー。わが団の担当です。高校生スカウトは、指導にあたります。

ゲーム終了後ロープコーナーのスタッフで記念撮影。お疲れ様でした。

また来年会いましょう!!
スカウト全国一斉カントリー作戦(空き缶拾い)
ボーイスカウトは毎年9月15日周辺の日曜日カントリー作戦と称して、日本全国のスカウトが自分の活動している地域の空き缶・ビン・ゴミ拾いを幼稚園の子から大学生までのスカウトが一斉に行なっています。今年千葉1団では9月19日(日)朝10時から宮崎町・蘇我駅・千葉寺駅周辺の清掃を行ないました。
集合する最年少スカウト達(ビーバースカウト)

中学生・高校生グループ

コースの説明を受け、年長スカウトがグループの安全を確認しながらいざ出発。

これも缶拾いをすることで、自分達は街を汚してはいけないという事を活動の中から学びます。

おそらく全国各地でこのような光景が見られたのでは無いかと思います。



1時間して缶を拾って戻ってきました。

こんなに沢山落ちていました。

読者の皆さんも是非缶・ビンのポイ捨てはやめて綺麗な街づくりをしましょう。お疲れ様でした。
雨の中の夏季キャンプ・奥草津その2
今回の夏キャンプのテーマは「非日常に挑戦 Ⅱ」昨年第1弾を実施しました。今年もその延長としてスカウト達は第2弾を企画計画しました。
具体的には
1. 3泊4日の期間中炊具は、ダッジオーブンしか使用しないで、全てダッジオーブン料理にこだわる。
これは本年4月取り組んでいるダッジオーブン30種に挑戦の仕上げキャンプとして捉える。事前にメニュー
を決め、各自レシピを事前に研究し材料を調べ美味しく料理する。そして纏めの報告書を作成する。
2、 他団との交流をする。そして仲間の輪を拡げる。
今回は当115団のOBが隊長を務める静岡県掛川2団のVS隊から2人の参加があり仲間の輪を広げる。 そしてひさしぶりにボーイ隊との同時期・同場所開催となった為、お互いに交流し上進につなげる。
3、草津温泉を堪能する。
でした。キャンプが始まってみると初日から雨、そして期間中も雨の予報。天が我々に与えた自然の試練に楽しく立ち向かうことにしました。
まずは設営から

テントに雨水入らぬように!!溝堀作業。

指導者テント、翌日から女子テントとして利用

タープで作業場も確保

そしてその間食料買出し班が帰るまでに調理が出来るよう準備

いよいよ夕食準備。今日のメニューはこのプロジェクトリーダーの一人の大好きなハヤシライス。

各自自分の役割を果たします。

だんだん美味しく出来上がってきます。におい良いのでお腹がなります。

出来上がった作品。肉もやらかで美味しい。ただジャガイモ料理は火の通りが今一かな?

食事時間に間に合わなかったのは、明朝の食事で食べることに。

そして皆で後片付け・そして掛川スカウトと交流。一日でお互いに名前も覚えました。(ゲームを通じて)

21日朝起きてみたら、夜中の大雨であちこち被害。

さー日々のサイトの改善が始まります。橋の修理

テント内の改善
下に板を引き、床を浮かせます。

重い材料なので助っ人も入ります。

危ない橋も補強に成功。満足!!

調理担当組みは、粛々と昼食準備。


指導者のアドバイスを受けながら。

M君心配しながらも美味しい鳥料理が出来ました。

干しぶどう入り焼きプリン。

今日昼食は大成功!
雨の中の夏キャンプ・奥草津その1
早いものでいつの間にか8月も残すところ後1週間となってしましました。千葉市の震災災害復旧の仕事に追われる中、前半はフィリピン派遣団の受入れ・お盆のしたく、夏キャンプとあっという間に8月が終わってしまいそうです。その間ブログ更新のゆとりも無く現在に至ってしまいました。
毎年恒例となっているスカウトの夏キャンプ、今年は千葉1団ベンチャー隊とボーイ隊、元1団OBが隊長をしている静岡県掛川2団ベンチャー隊2人の参加で、8月20日(土)~23日(火)3泊4日群馬県奥草津 JFE保養施設内で行なわれました。このキャンプ地は、昔日本鋼管の採鉄鉱石所の跡地が整備され保養施設として現在はロッジ・山小屋・キャンプ場として利用されています。5月に下見を行いこの地でキャンプをすることに決めたものです。
今年は異常気候で、7月早くから猛暑が続く中涼しい日がおくれるなと期待しておりました。残念ながら前線の停滞の為期間中は、ゲリラ豪雨を含み期間中を通じてズーッと雨でした。でも私達スカウトに取っては、またとない自然が与えてくれた好い体験の場でした。皆元気にその環境下多いにキャンプを堪能してきました。
今回の交通手段は、青春切符を利用して千葉から長野原草口まで鉄道利用・そしてバスで草津温泉まで移動。無事予定時間12:40分に草津バスターミナルに到着。

そして迎えの車に乗り込みます。

漸く現地に到着。

そして全員揃って到着の報告。

早朝からの荷物の移動で疲れているはずですが、さすが若いせいか皆これからの現地での生活に期待をもってか元気・緊張感を感じます。


静岡県掛川から駆けつけた2人。まだ馴染見きれていません。チョット緊張気味。

そして雨の中での開村式
まずは国旗儀礼

団委員長の話。雨と共に生きる、自然との共生多いに楽しんでください。と言葉。

VS隊長の話。期間中自分達の立てた目標達成に向け頑張れ。悪天候のキャンプほど一生の思い出に残ります。

BS隊長の話。ベンチャー隊と合同キャンプ多いに先輩達からも学びましょう。最後まで楽しく!!

夢と期待感をもって話を聞くスカウト達。

開村式終了後全員で記念撮影。この後、1泊で帰るスカウト・指導者もありこれが最大人数です。

撮影の為一人入れ替わっています。

サーこれから3泊4日のキャンプが始まります。ベンチャー隊とボーイ隊は場内では個別のプログラムを実施します。
では続きはまた後日。お楽しみに!!
参考情報 この保養所の歴史
太平洋戦争の終盤昭和18年6月日本鋼管(株)(以下NKK)鉱山部は企画院及び商工省の斡旋により、岡田英保氏から群馬鉄山の鉱業権を譲り受けた。昭和19年4月NKKは自社保有の諸鉱山並びに鉱業関係子会社を統合し、資源会社である日本鋼管鉱業株式会社を設立した。
同社の群馬鉄山開発計画は推定埋蔵量250万t、総工費3,000万円、昭和19年9月1日迄に完成し、年間30万tの鉄鉱石を採掘・出荷であった。
輸送手段は、鉄道省が昭和19年9月末の完工予定で、渋川~長野原間の鉄道42kmを新設し、日本鋼管鉱業株式会社が側線長野原~太子迄5.7kmの建設を担った。
露天掘の鉱山切羽整備・工員宿舎・道路・索道・鉄道建設は高地・寒冷地による難工事や戦争末期の物資・労働力の著しい不足にも拘わらず、昭和19年8月索道(3基)1基が、12月には鉄道が完成し、12月25日開山式が行われ操業に入っ
早稲田大学ローバース入隊式・コンパ
早稲田大学ローバースというサークルが大学内にあります。これは他大学ではスカウテイングクラブというところもありますが、要はボーイスカウトの活動を大学年代に行なう大学に正式に認知されたサークルです。またボーイスカウトの新宿2団としても登録をされており、都内私立大学、京大、同志社、関西学院などにもあります。
1957年に東京149団青年隊として創設され平成20年に50周年記念式典を行ないました。全国各地から集まったスカウト経験者・未経験者が集まり現在まで延々と続いています。(途中団名改名)
今年は例年に無く8人の新入隊員が入部し、7月2日に入隊式を行ないました。筆者もその団の団委員をしており久しぶりに参加しました。なんと創部初の米国スカウトが入部していました。また女子スカウトも3人いました。
ここ最近に無い数の入部者で是非活発な活動を続けて欲しいと願ってやみません。
入隊式を終えて現役・OB揃って記念写真

「ちかい」の再認をするスカウト経験者

「ちかい」を立てる未経験女子部員

米国留学生も日本語で「ちかい」をしました。

入隊式を終えた新入隊員。晴れて早稲田ローバースの一員に。(1人都合で参加できず)

新宿2団早稲田ローバース現役・指導者全員そろって。

そして場所を代えて、歓迎会・OBとの交流コンパです。久しぶりに会うOBも昔話に花を咲かせます。
まずは顧問・育成会会長のK教授よりご挨拶。20年間顧問を務めていただきましたが来春には定年退職をされます。

長年のご苦労に東京連盟より感謝状が送られます。K団委員長より授与されました。本当に長い間ありがとうございました。感謝!!

Y幹事長の進行でコンパ開宴です。まずは現役から自己紹介。

そして全員が自己紹介・ご挨拶。OB達も続々と集まってきます。

70近いN先輩、最近は・・の切れが悪くてどのようにしたら良いかという講義もしてくれました。

会場いっぱい集まり話が弾みました。

そして締めはお決まりの第1応援歌「紺碧の空」そして「校歌斉唱」です。指揮はいつものK先輩{応援部にも所属)が欠席の為、N隊長自らが行ないました。



最後にエールを。校歌3番まで指揮をするのも、また唄いながら腕の上げ下ろしは疲れます。
流石に齢60歳をすぎるとかなりきついです。

久しぶりに学生気分に戻ります。これからも意義のある活動を続けてください。皆さんお疲れ様でした。
スカウト活動・ダッジオーブン料理30種に挑戦中
筆者が隊長をしているボーイスカウト千葉1団のベンチャー隊(高校年代)では本年4月からスカウト達が自発的にチームを組んで「ダッジオーブン料理30種に挑戦」というプログラムに挑戦しています。今回はその3回目で6月11・12日で団キャンプ場で実施されました。ダッチオーブン (英語:dutch oven) は、分厚い金属製の蓋つき鍋のうち、蓋に炭火を載せられるようにしたものの名称である。アメリカ合衆国の西部開拓時代などで使用されていたものが有名である。
まずは制服を着て開会式。

そして各自調理するメニューを決めレシピを調べ素材をそろえます。
今回のメニューは、肉じゃが。

煮込みハンバーグ

ジャンバラヤ

牛肉のトマト・ビール煮

鯛の塩釜

南フランス料理(名前が覚えられません)ラタトゥユでした。

各自事前に勉強してきたとおりに調理します。







皆結構いきいき楽しみながらやっています。

出来た本日の夕飯

それぞれ美味しく出来ました。そして調理後各自所感を纏めます。
夜みな食事を終えて記念写真。
若いスカウトと活動しているとエネルギーをもらい元気でいれます。
泊まりは勿論テントです。


一般的には圧力鍋と同じですので、カレー・ビーフシチュー、チャーシューなど肉が柔らかく美味しく出来ます。
家庭でも一度お試しください。
朝礼後、お祈り・スカウツオウンして活動開始

翌日もまたダッジオーブン料理。



昼食メニューです。

アウトドアは結構楽しいですよ。
最後はスカウトらしく閉会式をして今回の行事を終わります。

各参加者達成感を持って最後に記念撮影。

皆さんお疲れ様でした。夏キャンプで仕上げにまた新たな料理に挑戦し、30種の挑戦が終わります。また美味しい料理を作りましょう。
語源 [編集]ダッチオーブン、「オランダ人のオーブン」という語源には諸説あるが定かではない。主なものには、オランダ系移民が売り歩いていた鍋であったとする説、ダッチと呼ばれた人物が発明したとする説、オランダの鋳造技術を利用したためとする説などがある