孟宗竹と真竹ウンチク?

我が家の敷地にあるのは主に孟宗竹と真竹ですが、整備をしているうちにいろいろな事を学びました。
まずは真竹・孟宗竹など竹は学術的にはイネ目・イネ科・竹亜科なのだそうです。日本には600種あまりあるそうです。全然知りませんでした。
孟宗竹と真竹の違いを皆さんご存知ですか?
まず孟宗竹は、もっとも大きな竹で直径20cm高さ20~25メートルになります。
そして節のところが白くまた節と節の間隔が真竹に比べて短いです。「孟宗竹」というのは,親孝行な息子(孟宗)が年老いた母親が真冬に「タケノコを食べたい」というので,山に出かけるとタケノコが生えていたとかいう話からだそうです。
左の白い線が入っているのが孟宗竹です。IMGP0819.jpg
モウソウチク(孟宗竹)はアジアの温暖湿潤地域に分布する竹の一種である。種名は冬に母の為に寒中筍を掘り採った三国時代の人物、孟宗に因む。別名江南竹、ワセ竹、モウソウダケ。
日本のタケ類の中で最大で、高さ25mに達するものもある。葉の長さは4~8cmで、竹の大きさの割には小さい。枝先に8枚ほどまで付き、裏面基部にはわずかに毛がある。春に黄葉して新しい葉に入れ替わる。竹の幹は生長を終えると、木と同様に太くなっていくことがない代わりに、枝が毎年枝分かれしながら先へ伸びる。木での年輪の代わりにこの節数を数えるとその竹の年齢を判定できる。年を経ると稈の枝分かれ数が多くなり、葉が増えた結果、稈の頭が下がる。67年に1度花が咲く。
真竹
開花時期は初夏だが開花は稀。120年周期で咲く説が濃厚とされる。太く長い地下茎を地面に張り巡らし、地中からタケノコを生やす。日本へは古くから持ち込まれ栽培されていたと見る一方で、日本にもともと自生していた品種であると捉える向きもある。このように考えられる根拠としては、例えば、第三紀中新世以降に日本や朝鮮半島から化石が見つかっているので、もとは日本列島に自生していたのかも知れないと推測できるからである[1]。高さは条件が良ければ10m〜20mにも成長し、節を持ち、節からは枝が2本伸びる。また竹林は地下茎が地面を広く覆うので地震、崖崩れに非常に強い。1日に1m伸びるともいわれる。奥にあるのが孟宗竹です。
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ちょうどこのあたりが、真竹と孟宗竹が入り混じって生育しています。
ブルーベリー畑の休憩地として竹林を開拓しスペースを作ろうとして竹を切りましたが、本当に枯らすためには、根から70cm位残して切ったほうが良いという事をN井さんから教えてもらいました。根元で切ると根は横に伸びて行くので、ある程度残して切ると竹はまだ生きているような気がして根が広がらないのだそうです。ということで今回は残して切ってみました。
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結構そばにいて全くそんな事知りませんでしたし関心もありませんでした。子どもの頃は、袖ヶ浦の海辺の人がよく海苔を作るため馬を引いて買いに来ていたそうです。でも今では全く商品価値がなくなり、荒れっぱなしになっている竹林が結構多くこの辺にはあります。今後どうなるか楽しみです。

大変な竹林整備作業

我が家の裏には孟宗竹林があります。また東側には、真竹の竹林があります。ブルーべリー畑に面しています。
孟宗竹林は過去3年手入れをしてきた事と、毎年神社で行われるどんど焼(年越し行事)の際に燃やす為、20本ぐらい地元の方が切って運んでいきますので比較的綺麗になっています。IMG_40048.jpg
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しかし東側の斜面に生えている真竹林はほとんど手入れをしていなかったため、清水がチョロチョロ流れる小川を境に枯れて倒れた古い竹が幾重にも重なり合って、荒れ放題でした。昨年夏のスカウトで竹材を切り出した時の状態は、そこから足を踏み入れられない状況でした。手前の土の見える部分が水が流れているところです。
竹の切り出し2
来年夏にはブルーベリー園開園を目指して1年半かけて、真竹の整備に取り掛かりました。12月の休みの日、年末休み3日間・お正月の3日間そして1月に入っても時間をみて取り組んでいます。なんといっても何十年もほおって置いたため、かなり荒れています。基本的には一人で作業をしてますので中々目に見えて進捗が見られません。それでも少しずつですが綺麗になってきました。正月の状態です。奥の欅の木が見えるところまできました。
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折り重なっている枯れた竹は15~20Mくらいあって、全身の筋肉を使って引っ張り出します。
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勿論込み入った竹はノコギリとチェーンソーで切り倒しますが、お互いの木が支えあっていて下が切れても倒れません。おそらく20KGくらいの重さがある思いますがそれを引きつりだして、倒してから枝のあるところくらいから切断します。竹というのは弾力があるのと、繊維質が細かいので全部切り終わらないと倒れません。のこぎりも切断面の一部まで行くと竹の重さで動かなくなってします。従って、ピンとはねたりするのでかなり危険です。
足のすねやおなか・顔なども怪我したりしますのでかなり気を使う作業です。切り株も気をつけなくてはいけません。IMGP0665.jpg
そして切り出した枯れた竹と新しく切り出した竹を、近所の了解を得て洗濯物を干していない時期を見計らって燃やします。2010120 199
ところが新しい竹は節と節の間が真空になっているので、パーンと破裂して破片が飛びます。かなり危険。帽子をかぶり、目をカバーする為に作業用のめがねをします。それでも火力が強いので、まつ毛が焦げてしまいました。
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このような作業を地道に繰り返し徐々に整備が進みます。お陰様で一日終わると体中の筋肉が痛くなりますが、健康的には糖尿や中性脂肪の数値は下がってきました。また夜のビールは美味いし、よく眠ることが出来ます。2010120 211
また水の流れに竹を水管にしてこのように工夫をしたら綺麗に見えます。
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そして今は下のブルーベリーの畑から竹林遊歩道を作り、裏の孟宗林を通って母屋の敷地にいけるよう道作り挑戦しています。結構楽しいです。
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まだ途中ですがこんな感じです。
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ひんやりした感じで中々好いですよ。
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小川もこのようにして土をかぶせると素敵です。
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そして上の孟宗竹林を抜けると母屋の裏に出ます。もうあちこちで咲き始めましたが、我が家の梅ノ木にも花がチョットですが咲き始めました。
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というわけで、先を夢見てこれからも地道に時間のある日は作業を楽しみながら進めていきます是非興味のある方は参加してみませんか?汗をかいて健康にもよいですよ。自然とのふれあいは結構楽しみです。いずれ途中に階段も作ろうと思っています。

ブルーベリー寒肥作業・芽つみ作業

ブルーベリーを植えて丸1年たちました。1月20日はこよみ上大寒ですがこの時期に、今年の夏の成長に向けて、土壌改良の為の硫黄粉・油粕飼料・竹チップで土壌の手入れを行うようE沢先生から指導を受け作業を行いました。読者の方の中には自分でもブルーベリーの栽培に取り組んでおられる方もいて、このブログを参考にしているので是非栽培に向けての行程を記載して欲しいとの依頼もありました.そこであえて作業の詳細を記載していくことにしました。E沢先生は日本で数少ないブールベリー栽培士の資格を持ておられるので、先生の指示どおりに作業を進めています。
180本の苗木に取り組んでいますので、とても短期間には作業が出来ないので助っ人をお願いしました。
まずは、今回使う材料は竹チップ2トン車1台分を地元の業者に当日朝運んでもらいました
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硫黄の粉・油粕
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まずはブルベリー生育状況をE沢先生がチェック。前回花芽を摘んだですが、まだまだ不十分でよく見るとまだまだ花芽が残っていました。結局全苗木の選定を行う作業も同時することになりました。
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先生がお手本として切り方を実技指導
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結果、昨年植えた時とほとんど同じ状況になってしまいました。何となく寂しく感じましたが、実はこの作業が1年半後の成長のために重要な作業なのだそうです。今年の夏は幹が更に太くそして大きく育つのだそうです。今年実をつけさせてしまうと、幹に与える栄養が花実に行ってしまうそうです。
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花芽を摘まれた苗木です。
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結局丸坊主になってしまいました。これは成長の為の過程なので、これで好いのだそうです
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苗床の枯れた雑草をとり、そこに硫黄粉をカップ3分の2、油かすをカップ1杯半を苗木の周囲50CM内にまきその上に竹チップをかけて仕上がりです。
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昼食を終えて畑に戻ると、バックの看板を作成設置したN井さんが応援に来てくれ、枯れた雑草を草刈機で刈ってくれました。本当にボランテイアの支援者には頭が下がる思いです。感謝!!
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そして作業は続きます。
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竹チップ運びも大変な作業です。2010120 235
結局朝9時に作業を開始し夕方4時過ぎには全苗木の作業が終わりました。万歩計は15000歩を超えていました。腰も痛くなりましたが、5人で作業しましたので結構楽しく爽快感あり健康的によいと思います。
また芽が出て大きなるのを楽しみに!!5月には草刈作業です。容易ではありませんが夢が膨らみます。
これでしばらく手入れはお休みです。また竹林整備作業に戻ります。

木更津の奥座敷・朝日新聞に記事

平成23年1月15日の朝日新聞千葉版に我が木更津の奥座敷・馬来田が紹介されていましいた。
気付かれた方もおられると思いますが・・・・。県外の方にも知っていただきたくて、ブログにてもご紹介させて頂きます。だんだん注目されるスポットになってきているかなと嬉しく思います。早く、古民家お休みどころが開園できるようと、力が入ります。今は毎週週末竹林に入り、チェーンソーと鋸で荒れた竹林を整備しています。
枯れて倒れた竹が幾重になっていて、本当に進捗率はよくありませんが、徐々に進んでいます。竹林散歩道は2割くらい開拓しました。健康には良いですね。1日作業すると10000歩は越えますし、終わると体中の筋肉を使うので痛くなります。ぜひお時間のある方はお手伝いに来てください。
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続き
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以上ですが読みづらいので、友人のアドバイスを得て原稿の内容が読めるようにしました。感謝!!
馬来田発 歌碑巡り楽しめる散策路
2011年01月15日
武田川の河辺に立つ万葉の歌碑。「馬来田の 嶺ろの笹葉の露霜の 濡れてわ来なば 汝は恋ふばそも」=木更津市真里
 万葉集の中に、千葉が題材となっている歌がいくつかある。その1首。
 「馬来田の 嶺ろに隠り居 かくだにも 国の遠かば 汝が目欲りせむ」
 馬来田は、宇麻具多とも書かれる古代の地名で、現在の木更津、袖ケ浦にまたがる地域を指す。馬来田に愛する人を残し、遠く旅立つ。「あなたの目を見つめたい」と、別れの心情を吐露した歌と言われる。
 この歌碑が、木更津市のJR久留里線馬来田駅前に立つ。万葉の歌碑は、山里を巡る片道約3キロの散策路に、さらに5基。すべて市民の寄付で建立された。県内の名だたる書家たちが心意気に感じ、石碑の文字を記した。
 地元の人たちでつくる「万葉の歌碑を建立する会」が、1996年から建立を始めた。馬来田の名が残る地域。東京湾アクアラインの開通で、地域が変わろうとするなか、郷土の歴史を学び、街づくりの指針にしようと、取り組んできた。どんな歌を碑にしようか、歌にどんな思いが込められているのか。別につくった「万葉集を学ぶ会」で、学び、話し合う。
 建立は1~4年おき。建立する会の役員の一人で、市議の三上和俊さん(59)は「万葉の心に浸りながら、焦らず、苦にならぬよう、取り組んでいます」と話す。
  万葉の歌碑を巡る散策路は、途中、武田川の川べりを通る。ゆったりと流れる川の岸辺は、春は菜の花、秋はコスモスで彩られる。全長約500メートル。花をめで、歌碑を楽しむ人たちが、のんびりと散策を楽しむ。
 この花は、地元の「武田川コスモスロードの会」が育ててきた。始まりは、歌碑建立より2年早い94年。武田川の川べりは当時、手をかける人も少なく、荒れていた。「花でも植えて、少しきれいにしてみようか」。草を刈り、コスモスの種をまいてみた。秋。自分たちでもびっくりするくらい、鮮やかな風景が出現した。
 少し上流には、水が地中からボコボコわき出る、「いっせんぼく」と呼ばれる水源地があった。荒れていた道を整備し、途中の湿原に木道も置いた。遠くから訪れる人も増えてきた。
 毎年10月にはコスモスフェスティバルが開かれる。歌碑の前には、短歌や俳句の投稿コーナーも。会の事務局を担当する宮沢茂松さん(63)は「花の種を植え、育ててくれた人たちが、フェスティバルを楽しみ、笑顔をみせてくれるのが一番うれしいね」。
  万葉の石碑を巡る散策路を離れ、南の丘陵地へ向かうと、「宇麻具多の山の学校 ハイキングコース」がある。コースには、全長約&60メートルの前方後円墳をはじめとする、4~6世紀に造られた真里谷古墳群や、トウキョウホタテなどの貝の化石が露出している断層もある。約8キロの周遊路を歩けば、四季折々の自然だけでなく、太古からの歴史にも触れることができる。
 コースは地元の人たちでつくる森林愛護クラブ「山の学校」が整備した。戦後まもないころまで、子供たちが山を越えて学校へ行き来する通学路だった。いつしか道は荒れ放題に。2002年、里山を守り育てようと、会が発足。下草を刈り、標識をつけ、ベンチも設置した。毎年5月には同会主催のハイキングも開催、多くの人に親しまれるコースになった。
 万葉の石碑、コスモスロード、山の学校。馬来田地区で活動するグループは、メンバーが重なり合ったり、イベント時に連携をとったりしながら、地域の歴史、景観を生かしながら、訪れる人も自分たちも楽しもうと取り組んでいる。(本田大次郎)

八幡神社 初祈祷

2011年1月10日(月)木更津の奥座敷、馬来田孫の台部落に鎮座する八幡神社にて新年初祈祷が神主をお迎えして、神社役員約20人ほどで行われました。2009年に新築した神社内において恭しく、本年の家内安全・健康祈願して無事行われました。この八幡神社は建久4年(1193年8月15日)に建てられたものですが、旧馬来田村には約20の神社がありますが、その中では一番古い歴史をもつ神社です。しかし社格としては、八坂神社・諏訪神社・羽雄神社の3社が村社とされていますが、「孫の台八幡神社は含まれておりません。神社創設以来818年の間地元の神様として村民から慕われあがめられてものだと思います。
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神社の森
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昔からの神社への参道20101111 155
 現在では赤道となっており我が家の裏の竹林につながっています。
本来は神社は地元の氏神様で氏子によって管理されるのが筋ですが、近年新しく地元の部落に移り住んできたかも多くなり、約180世帯が住民として暮しておりいます。そこで2009年神社建替えを機に、地元区民の地区の財産として、地元の皆さんから建設基金を集め新社屋建設・そして今後の管理等形を変えてこれからの子孫へ継承されることになりました。
昔は神仏混交で神社・お寺はともに同じように管理されていました。神社取り壊しの際、地元本立寺の棟札(江戸時代のもの)が出てきてその頃の様子が伺い知れます。
我が家の書庫を整理をしていましたら、大正時代に作られた真里谷尋常・高等小学校の副本として使われていた思われる馬来田村誌が色が変色して出てきました。そこに様々な情報が書かれています。
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明治時代に入り新政府により神仏分離が行われ、現在でもお寺と神社は別の宗教として扱われています。日本人の心の広さでしょうか、八百万の神として神様は皆受入れいています。我が家にも、仏壇の上に神棚があり何ら不思議に思った事はありません。(他の国ではありえないのだと思います。)
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急に1月に入り本来の冬がやってきたようで寒くなりましたが、裏日本・北日本に比べれば風は冷たいですが、房総の地はまだ暖かい日差しがあり有り難く思えます。
神社の周辺を眺めたら、寒梅が咲いていました。
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また水仙の花もこの寒いのに咲いていました。因みに家の庭にはまだ咲いていません。
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近所の家の庭には蝋梅が咲いていました。
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春の兆しが明らかに近づいてきています。
寒さはまだまだこれからですが、皆さん風邪を引かないように気をつけてください。また今年の杉花粉はかなりきついようですので対策を考えながら春を待ちましょう。

新年初法要

お正月三が日は北日本・裏日本では大荒れのようでしたが、関東地方特に我が房総の地は日差しの暖かい穏やかなお正月でした。菩提寺である顕本法華宗 本立寺では毎年1月2日14:00に檀家がお寺に集まり初法要が営まれます。顕本法華宗は日蓮宗の分派であり、宗祖は日蓮で、開祖日什上人とされ、1386年に日什上人がこの地を訪れた際、現在の馬来田の地に自分のついてきたカヤの杖を逆さにしてたて、お寺を建立されたそうです。それで由緒寺院となっています。当時の状況は、おそらく人口の少ない小さな農村であったのではないかと思います。日什上人は福島県会津の生まれで、今でもそこにお寺があり過去檀家として皆で訪れたこともあります。625年前に本立寺がこの地に建てられ現在34代目住職が寺を守ってくれています。祖父の代には無住の時期も有り荒れていたこともあったようですが平成7年に檀家の協力も得て立派な本堂が建立されました。檀家数が120軒位で多くはないのですが、これからも歴史を後世に繋げていって欲しいと願っています。
現在のお寺 
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お寺への入り口に残る石碑(お盆の際にはここで提灯のローソクに火をつけ先祖の御霊を家に連れて帰ります。)
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参道です。今では馬来田小学校が南側にあり、北側には家が建ち昔の面影は少なくなっているのだと思います。
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そして境内に到着。戦前まで鐘楼もありましたが、戦争で接収された後鐘はなくなりました。私が子どもの頃に鐘つき堂は残っていましたが今では残念ながらそれもありません。
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このカヤの木が樹齢625年になりますが立派にそびえたっています。
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累代住職のお墓??それとも無縁仏かな?
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寺内の様子・ご本尊様
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そして開祖 日什上人をまつる開基殿
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曽祖父の貢献が大きかったようで特に石碑が境内に残っています。
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いずれは私もこのお墓に入ります。
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初法要のあと先祖のお墓をお参りして、今年も無事過ごせますようにお願いをしてきました。
こちらにお越しの際は是非お立ち寄りください。
皆様の本年のご多幸・ご健康を祈念致します。良い年になりますように!!